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2023年5月 歳時記

2023.04.24

司馬光は、北宋の時代の政治家、歴史家、詩人である。史書「資治通鑑」二九四巻を著した名文家である。初夏と題する詩がある。

四月清和雨乍晴 南山当戸転分明 更無柳絮因風起 惟癸花向日傾

大意は次のようになる。「四月は旧暦で、太陽暦では五月のことだが、陽気がすがすがしく、にわか雨が降ってもたちまち晴れあがり、南に聳える山も、間近にはっきりと眺めることが出来る。柳絮とは、柳の実が熟してその種につく白い毛が綿のようになっていることだが、四月になると風も収まり、吹き飛ばされることもなくなる。癸花は、蜀癸(たちあおい)の花で、立葵が日射しに向かって花を傾ける。季節の移変わりを識り、平和な時代への忠誠を誓う五月だ。」

桜の花が満開になり、その後すぐに、東京では米国から贈られたハナミズキが街を彩ったが、その後はすぐに、ツツジが住宅街の生け垣の中心となった。ツツジに、躑躅(てきちょく、足踏みしてなかなか進まないこと、ためらうこと)という難しい漢字が当てられるのは、美しさにたちどまるからとのもっともらしい説があるが、美しいものには毒があり、食べると歩けなくなるからとの説が的を射ている。千代田区の紀尾井町のホテルの中に、アゼリアという軽食も出す喫茶店があるが、英語でツツジがアゼリアだ。アゼリアに続けてブッシュというと、ツツジが灌木になって固まっている光景になるが、花の蕾がついているアゼリアブッシュは、それこそ青春時代の象徴にもなる。五月は、フジ、ヤマブキ、アヤメ、バラと色々な花が咲き乱れる。フジには、フジとヤマフジの二種類があり、日本固有の植物である。フジは、大阪の野田というところに大木があったので、ノダフジとも言うが、蔓は右巻きだが、ヤマフジは左巻きであるから見分けられる。ヤマブキの花については、太田道灌の歌にも付会されている、七重八重花は咲けども山吹の みのひとつだになきぞかなしき という歌が有名である。兼明親王(醍醐天皇の皇子)が京都小倉に住んでいて、雨降りのなかを蓑を借りに来た人がいて、親王は山吹の枝を折って与え、後日、その意味合いを問いに来たので、歌で応えた。、後拾遺集の名歌のひとつになっている。

五月になると、長良川の鵜飼いだ。毎年、五月十一日が、鵜飼開きだ。普通の川では、アユは五月末までは禁漁だが、長良川は将軍家へアユを献上する都合から、江戸時代から、早めに禁漁が解けて、十月十五日までの一五八日間、濁水大水を除く毎日の夕刻に、鵜飼いが開かれる。もう大名貴族の行事ではないから、名古屋駅から名鉄電車に乗って気楽に鵜飼い舟のでる長良川の河原にたどりつけるから、夏の風物詩を楽しむ観光として、出かけることが出来る。九州の筑後川にも鵜飼いの行事が残っている。鵜がとったアユは、網で捕ったアユや釣り針でとったアユよりも、鵜のかみ跡が二本残りはするが美味で、焼くときつね色に仕上がると言うから不思議である。鵜飼いの専門家である鵜匠も、名人芸とされているが、海鵜の鳥を捕まえるのは、今は、全国ただ一カ所、茨城県の五浦の岬となっている。鵜を捕まえる名人芸が伝承されているが、岡倉天心が隠遁していた場所としてむしろ有名である。長良川も五浦も、筑後川も、初夏の五月に出かける場所としては実に心地よい場所であるし、出かける足の便も悪くない。おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな。  かがり火が暗夜に入り乱れ、アユが跳ね上がり、鵜飼いの見せ場が終わると、やがてかがり火が消えて、鵜舟が遠くに行き去り、辺りが幽闇に包まれる、松尾芭蕉の切ない心情を味わうことも又一興だ。

五月六日頃を立夏という。新緑が目立ち、爽やかな風が木々の間を渡る。緑の語源は、みどり児と言うように「生まれたて」との意味があり、緑なす黒髪とはつやつやした若々しい髪の毛のことである。緑とは、生まれたての木の芽の色である。五月二一日頃を小満という。蚕が眠りから覚め、麦の穂が伸びて田植えが始まる、そろそろ梅雨が大地に恵みを与えるかとの季節である。フジの花が開花する目安の日でもある。フジの花が波のように初夏の薫風に揺れる光景からとられたか、藤波という美しい姓もある。フジの薄紫は高貴の色で、ローマ帝国でも、支那の帝国でも、もちろん聖徳太子の冠位十二階でも最高官職の色だ。世界と日本がどこかで繫がっている証だ。

暦の本の家庭歴の欄には、端午の節句、五月人形を飾る、屋根、雨樋、外壁の点検修理、冬布団の乾燥収納、押し入れにすのこを敷く、畳の雑巾がけ、からぶき、夏衣料の用意と書いてある。旬の食べ物としては、魚介で、かつお、あじ、さより、まぐろ、とびうお、きす、しまあじ、あわび、うに、こい、どじょう、やまめ、とも書いてある。野菜果物では、新じゃが、新たまねぎ、新キャベツ、さやえんどう、たけのこ、グリーンアスパラガス、そら豆、夏みかん、いちご、プリンスメロン、さくらんぼ、新茶と書いてある。筆者の場合、さくらんぼ小包が、山形の寒河江の友人ふたりから、毎年送られてくるのを楽しみにしているし、新茶は、福岡県の八女茶と、静岡藤枝の新茶を欠かさず頂いているから、楽しみの季節だ。新しい友人から、グリーンならぬホワイトアスパラガスを頂けるようになった。お中元、お歳暮ではなく、五月の贈物こそ、実に、美味である。