株式会社レックス

ディストピアのレカナーティ

2023.04.23

イタリア滞在時に用事があってマルケ州のレカナーティを訪れた。ローマから電車で2時間、アドリア海に面した中部の町アンコーナを経由して、カトリック教会の巡礼地として知られるロレートへ。そこからさらにバスで20分ほど行ったところにある、丘の上の小さな町がレカナーティだ。人口約20000人のこの町のことは、イタリア文学を勉強した人なら誰もが知っている。国内の学校の教科書に必ず掲載される18世紀の天才詩人ジャコモ・レオパルディの故郷なのだ。病弱だった彼は、父親の私設図書館にこもり蔵書を読み漁り、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語を習得し、14歳で詩作を始めた。そのレオパルディの最も有名な詩のひとつに「無限」(Infinito)というタイトルのものがある。レカナーティの丘から見渡せる広大な景色を称えた詩なのだが、前半部分はこんな感じだ。

 

いつでも私はこの寂しい丘を愛した。

そして最後の地平の大部分に

向けた視線を遮るこの生垣を。

だが座って眺めながら

その生垣の向こうの果てなき広がりを

人智を超えた静寂を そして深い静けさを

私は心のなかに想像してみる。

 

イタリア詩学の研究者である我が友人の國司航祐くんは、この詩について、生垣に視線を遮られることで逆に無限が想像できるというレオパルディの発想を絶賛している。私はレカナーティに来たからには、レオパルディが愛したこの「無限」の丘がどれほどのものか見てやろうと思い、いったん荷物を宿泊先の部屋に置き、夕刻、丘のある公園に行ってみた。実際に丘からの景色を目の当たりにして驚いた。これが信じられないほど美しいのだ。さすが天才詩人を魅了した景色といったところか。私はたいそう感動して宿泊先の家に帰った。

だが翌朝になってあることに気づいた。泊まっていた部屋の窓からは、「無限」の景色とは反対側に広がる平野が見渡せる。レカナーティはいわば丘陵地帯の高台に位置しているため、レオパルディが称賛した地平の反対側にも美しい景色が広がっているのだ。こちらもなかなかの絶景と思い眺めていたら……地平の真ん中に何やら黒くて平らな人工物が目に入った。あれはもしかして、ソーラーパネル? ここから見てあの大きさということは、かなりの数が並んでいるのだろう。家の大家さんに質問してみると、やはりソーラーパネルとのことだった。

太陽の国イタリアでは、2010年を過ぎるとソーラーパネルの設置が急増した。2019年には88万基に達し、イタリアで消費される電力の約8パーセントを賄うようになった。環境に優しいエネルギーが推奨される昨今においては、より簡易にソーラーパネルが設置できる政策が進められている。ただ、日本でもそうだが、平地や山を切り開いておびただしい数のパネルが並んでいるのを見ると、これが持続可能なエネルギーの在り方として正解なのか疑問に思えてきたりもする。事実、レカナーティのあるマルケ州では、ソーラーパネルの設置された農作地が1500ヘクタールに達するという報告書を、すでに2011年の時点でイタリア労働総同盟などからなる団体が公表した。報告書はマルケ州の行政に提出され、ソーラーパネルの環境と景観への影響が大きく取り沙汰された。大家さんの話では、現在レカナーティでは、平野部にソーラーパネルを設置することを禁止する条例がつくられたらしい。

私は悪ふざけで、ソーラーパネルで埋め尽くされた「無限」の地平を想像してみる。なんというディストピアだろう。もしレオパルディがそれを見たなら、どんな詩を書いただろう。もちろんそんなものは想像に過ぎないが、環境と電力エネルギーの相性の悪さを、レカナーティのソーラーパネルを見て、改めて思い知らされた。美しい景観を守りつつ、持続可能なエネルギーを生み出す折衷案をなんとかみつけなければならない。

レカナーティの丘からの景色

二宮大輔(翻訳家・通訳案内士)

2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)、クラウディオ・マグリス『ミクロコスミ』(共和国)など。