2022年8月 歳時記
2022.07.23
8月は、葉月である。葉月は葉落(はおち)月であるとの説もある。なるほど気温としてはまだまだ暑いが、草木の世界では、秋の気配が感じられて、冬支度に葉を落としていくことを感じるからだろうか。秋の七草に数えられるハギや女郎花(おみなえし)が咲き始める月である。8月7日は、暦の上だけの話かもしれないが「立秋」だ。8月には、7月に続いて日本列島各地で夏祭りが繰り広げられる。無観客という味気ないやり方になったが、昨年7月23日に開幕して8月8日に終わった東京オリンピックも、きっと夏祭りの一種になったのだろう。
8月1日は、大宮の氷川神社の例祭があり、2日からは、青森のねぷた祭りが始まる。東京富岡八幡宮の祭り、京都の祇園祭、嵐山の大文字、徳島の阿波踊りと続く。岐阜の郡上八幡の盆踊りなどは、徹夜踊りと呼ばれる。今年も、コロナ禍で中止の憂き目に遭っている祭りも多いが、夏の暑さで寝苦しい夜が続き、寝不足になったり、寝冷えをしたりする季節であるが、踊り狂って夜更かしをすえば、却って健康を害してしまうことにもなりかねない。子供や老人は、日射病や熱中症に注意しなければいけない8月である。朝方に大汗をかいて眼が冷めた時に足が痙攣して「つる」ことがままあるが、その時はミネラル不足で特に塩分が不足していることが多い。塩分濃度を調節した水分補給用の清涼飲料水が、多種多様売られている。
昭和38年(1936年)から天皇皇后両陛下をお迎えして、終戦記念日の8月15日に、全国戦没者追悼式が催されるようになった。国を挙げて戦没者を悼み、平和を祈る式典を恒例にしたのは、終戦記念日が18回を数えてからであった。平和条約の発効を機会に昭和27年(1952年)5月新宿御苑において、千鳥ヶ淵戦没者墓苑が完成した昭和34年(1959年)3月に同墓苑に於いて追悼式が開催されている。第1回の式典における昭和天皇陛下のお言葉には、「さきの大戦において、戦陣に散り、戦禍にたおれた数多くの人々をいたみ、またその遺族を思い、常に胸の痛むのを覚える。終戦以来、全国民とともに、わが国の復興発展を世界の平和を祈念してここに十有八年、本日、親しくこの式典に臨み、万感胸に迫り、ここに深く追悼の意を表する」とある。
昭和20年(1945年)8月6日と8月9日は、広島と長崎に原爆が投下された日である。今年の8月で、77年が経つ。第31代米国大統領ハーバート・フーバーは、47年間封印されて、数年前に公刊された回想録「裏切られた自由」の中で、米国の対日原爆投下について次の様に明言している。「日本は繰り返し、和平を求める意向を、示していたが、(その中で実行された)原爆投下は、アメリカの全歴史における未曾有の残虐行為だった。アメリカ人の良心を永遠に責め重く苛むことになろう。Not only had Japan repeatedly suing for peace but it was the act of unparalleled brutality in all American history. It iwll forever weigh heavily on American conscience. (Freedom Betrayed, p.882)」
コロナ禍はどうなるか。「私たちの一人ひとりが、根も葉もない陰謀論や利己的な政治家ではなく、科学的なデータや医療の専門家を信じるという選択をするべきだ。もし私たちが正しい選択をし損なえば、自分たちの最も貴重な自由を放棄する羽目になりかねない」(イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ)。日本国民の意識は高く、独裁も暗殺も許しはしない。日本銀行出身で、通貨マフィアのひとりとされたに、故緒方四十郎氏は、禍を転じて福となすのが日本人だと、東北大震災の直後に、フィナンシャルタイムス記者を諭した。デイヴィッド・ピリング記者は、幕末から東日本大震災までの日本の喪失と再起を分析した著書にBending Adversityと標題をつけた。この8月、コロナの禍を何とか福に転じることを決意したい。