株式会社レックス

翻訳書を出版するためにクラファンをした話

2026.05.31

 今年の2月から5月までの約3か月間、クラウドファンディング(以下:クラファン)で支援金を募っていた。何のためにかというと、イタリアの漫画を日本で翻訳出版するためだ。昨今は印刷代が高い、紙代が高い……訳書を出版するハードルがいっそう上がっている。さらにそれがあまり需要のない「外国の漫画」というジャンルで、しかも私が専門とするイタリア語というマイナー言語となると、ますます出版が難しくなるのだ。

 ではどうしてそんな需要のないものを出版したがっているのか。それは屁理屈に聞こえるかもしれないが、需要を生み出したいからだ。外国の文芸書が売れないと言われて久しい。大型書店でイタリア文学の棚を見てもだんだん淋しくなっている気がする。そもそも大型書店でないとイタリア文学の棚などない。この状況に甘んじるのではなく、何か状況が好転するようなアクションを起こしたい。そこで始めたのがこのクラファンだった。選んだ作品はゼロカルカーレの『アルマジロの予言』。イタリアで大人気のエッセイ漫画で、著者はNetflixオリジナルアニメも手掛けている。主人公である著者はローマの郊外に住む内向的な青年ということで、彼の地に留学していた同世代の自分としても波長が合う。人気、内容ともに翻訳するにあたって申し分ない作品だ。

 こうして、私の所属する京都ドーナッツクラブというグループの名義で始めたクラファンだが、先に結果をお伝えしておくと、ありがたいことにたくさんの支援をいただき、目標達成率は111%で終了した。無事『アルマジロの予言』は来春ごろに翻訳出版される予定だ。だが目標達成にいたるまで、それはそれは苦労したので、ここに記しておきたい。

 まず目標額は320万円だった。なかなかの大金だ。用途は先述した印刷代が半分、そこに人件費、送料、支援者へのリターン品制作費、クラファンページ使用料などが加わる。この額に達するにはかなりがんばらないといけない。というわけでまず始めたのが「事前登録のお願い」だ。クラファンのスタートが2月18日と決まったので、そこからさかのぼること約2か月前、12月中旬にページ事前登録のお願いをネットなどで募りはじめた。つまりクラファン期間3カ月に加えて事前登録期間2カ月の計5カ月のあいだ、常にSNSで告知し続けていたことになる。クラファンを開始するとSNS以外にも、各所に営業メールを送り、友人・知人に支援のお願いをし、チラシを配架し、そして一週間に一回のペースで活動報告を投稿した。3月末には、クラファン周知も兼ねて、エッセイ漫画に関するトークショーも開催した。

 かなりの労力を使ったつもりだが、これらすべてが、支援に直結するわけではなかった。クラファンが始まった直後こそ支援が集まり、ありがたいことに株式会社LEXからも団体向けプランで支援をいただいたが、一週間ほどで動きは鈍化。そこからは何をやっても動きは低調なままだった。そんな調子で時間だけが過ぎ、クラファン終了まで残り1ヵ月の時点で、目標達成率は38%。単純計算で3分の2が過ぎたのに、目標の半分もお金が集まっていない状況だった。出版社側からも「これはかなり黄信号が点滅している状態です」と言われた。

 この状態を脱するきっかけとなったのがXのスペースだった。短信投稿サイトXで、声のみをその場で発信し、それを他の人がリスナー、もしくはスピーカーとして参加できる機能だ。気軽に始められて、知らない人でも参加しやすい。京都ドーナッツクラブのメンバーやゲストの翻訳者とともに、わいわいゼロカルカーレについて1時間ほど喋ったのだが、なんとスペース中に支援をしてくれた人もいて、大いに盛り上がった。

 これをきっかけにSNSで積極的に拡散を手伝ってくれるいわば「仲間」のような支援者が増えはじめ、最後の一週間はこれまでの苦労が信じられないほど支援が集まり、クラファン終了1日前というタイミングで目標額を達成できた。

 ひとりでやっていては絶対に成功できなかったと思うので、まずはいっしょに企画を立ち上げた京都ドーナッツクラブのメンバー、出版元となるサウザンブックスのスタッフ、レーベル編集主幹、そして支援と拡散に協力してくれた人たちに感謝したい。そして感謝と喜びの気持ちでいっぱいだが、これで終わりというわけではない。作品の翻訳はもちろん、支援者へのリターン品となる小冊子の作成やオンラインイベントの企画などやることが山積みだ。特にがんばらなければいけないと思っているのは、翻訳出版後のプロモーションだ。

 マイナー言語の文学作品の需要を生み出すという言葉どおり、これからも2冊、3冊とクラファンで訳書を出していきたいと考えている。それはゼロカルカーレの別作品かもしれないし、また別ジャンルの別の作家の作品かもしれない。そのためには、イタリア語の本に関心を持って応援してくれる熱心な読者層の存在が絶対に必要だ。つまり、いま翻訳出版されようとしている『アルマジロの予言』をプロモーションして、より多くの人のもとに届けて、その人たちを魅了しなければならない。

 今回のクラファンを行うなかで「周りの人間に頼るのではなく、銀行でお金を借りるのが正当ではないか」などの批判の声もいただいた。私自身、今回のクラファン発起人・京都ドーナッツクラブが訳す本が面白いという信頼を得られないかぎり、次のクラファンはやるべきではないし、やっても成立は難しいと思っている。というわけで、事前登録とクラファンの期間を合わせて5カ月間SNSで告知し続けたと書いたが、なんとまだ終わりではなかった。むしろ、刊行を見据えたこれからの告知活動のほうが大事だったのだ。来春までには刊行予定のゼロカルカーレ『アルマジロの予言』を、どうぞよろしくお願いします。
『アルマジロの予⾔ (La profezia dellʼarmadillo)』著:ゼロカルカーレ – THOUSANDS OF BOOKS


二宮大輔(翻訳家・通訳案内士)

2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)、クラウディオ・マグリス『ミクロコスミ』(共和国)、『ぼくがエイリアンだったころ』(ことばのたび社)など。