ジュンパ・ラヒリ『翻訳する私』を読んで
2026.06.12
書店でジュンパ・ラヒリの『翻訳する私』を発見したので思わず買ってしまった。ジュンパ・ラヒリといえば、デビューしてすぐの2000年に短篇集『停電の夜に』でピューリッツアー賞を獲得し、いっきに注目を集めたベンガル人作家だ。両親はカルカッタ出身だが、本人が生まれたのはロンドン、育ったのはアメリカのロードアイランドで、英語で執筆している。『その名にちなんで』や『低地』などの長編小説も高く評価され作家として不動の地位を確立した彼女が、どういうわけか2012年にローマに移り住み、イタリア語でエッセイを発表しはじめた。
個人的には、当時たいへん話題になった『停電の夜に』を読み、深みがあるけれど簡潔な文体に魅力を感じてファンになった。それから時が経ち、その彼女が、私のいちばんの関心領域であるイタリアにやってきて、しかもイタリア語で作品を発表しているということで、改めて注目するようになった。初めてラヒリがイタリア語で刊行したのは、2015年の『べつの言葉で』というエッセイ集だ。読んだ感想は「これがあのジュンパ・ラヒリ?」だった。英語で書いていたときのラヒリの特徴は消え、文章は平易で、ときにたどたどしく、これまでの作品との共通点はあまり見出せなかった。これはこれで興味深い試みだろうが、なぜ英語を捨ててまでしてイタリア語を選んだのか、私はいまいちが納得できていなかった。
ゆえに2022年に英語で“Translating Myself and Others”が出たとき、タイトルからして、私の求めている答えがわかる本だと思って気になっていた。それが2025年に『翻訳する私』というタイトルで邦訳されていたとは知らず、今年の初めに書店に行ったときに偶然みつけて、遅ればせながら購入したというわけだ。
本の構成は、雑誌や記事に寄稿したエッセイを収録し、ラヒリのイタリア語に関する考え方が浮かび上がるようになっている。序文に続く一章のタイトルは「なぜイタリア語なのか」なのだが、これは2015年にラヒリがシエナ外国人大学から名誉学位を授与された際に行った講演を文字化したものだ。曰くイタリア語で書くのは「解放感を求めてのことである」。2015年のエッセイ『べつの言葉で』では「英語を放棄するとき、わたしは自分の威信を放棄する」。また、同書のあとがきではレスプレッソ誌のインタビューを引用して「英語でははっきり言う勇気のなかったことが、イタリア語では表現できるんです」ともある。これらの発言をまとめると、子供のころから第二言語として慣れ親しみ、名誉ある文学賞まで獲った英語を捨て去るとき、自分の威信も同時に捨て去ることになり、より解放的に思い切った表現ができるという彼女の考え方がわかる。
続いて「なぜイタリア語なのか」でラヒリは、自らのイタリア語の読書体験に着想を得た3つの比喩を用いて説明を続けている。1つ目の比喩は「扉」。外国語をマスターするにはまず「わかる」という扉を開けて、その先にある「話す」という扉に立ち向かう。さらにその先には「書く」という最難関の扉が控えている。扉を開けるたびにすばらしい展望を開け、そのことで「心の働きが良くなって、好奇心も旺盛に、読んで書いて生きられる気がする」というのだ。2つ目の比喩は「視力」。新しい言語で書くことは失明することと同じであり、自分のイタリア語の「視力」はまだまだ不十分だと著者は言う。ただ、「見えないことが新しい展望をもららす」と主張している。そして3つ目の比喩は「接ぎ木」。移民の子として外国で育ったラヒリの人生は接ぎ木だった。そしていま自分を新しい言語に接ぎ木しようとしている。しっかりと馴染んでないうちは不安定だが、接ぎ木した場所が徐々に肉体にも精神にもむすびつき、やがて体内を循環して新しい思考が生まれる。この3つの比喩から見えてくるのは、新たに習得する言語で書くことが、新しい視野、さらには新しい思考をもたらすということだ。
こうして、イタリア語で執筆を続けるラヒリは、未邦訳ではあるが、2022年に『ローマの物語』(Racconti romani)を発表する。イタリア現代文学の代表的作家アルベルト・モラヴィアの同名小説からタイトルを拝借したこの作品は、2015年から2021年までに発表した短編小説に書き下ろしを加えた短篇集だ。面白いことに、文体は平易であるものの、近年になればなるほど筆力が上がってくることがわかる。特に白眉なのが「ダンテ・アリギエーリ」という題名の書き下ろしの短編だ。アメリカからローマに移住した女性の回想録で、学生時代に「ダンテ・アリギエーリ」という差出人の名前が書かれた手紙を受け取るところから物語がスタートする。これまでラヒリがイタリア語で書いた短編、中編小説が、自らの記憶や身の回りの出来事の断片や、その集積だったのに対し、「ダンテ・アリギエーリ」はより小説であることを意識して書かれたように思われる。何よりも「17歳のころ、私はまだ誰ともキスをしたことがなかった」という書き出しの一文からは、これから大きな物語が動き出すような雰囲気を醸し出している。ひょっとすると近い将来、これまでに英語で書かれた長編小説のような大作を生み出すのかもしれない。そんな予兆を感じる。もしそうだとしたら、それはイタリア語で切り開いた新しい思考で執筆するゆえに、英語のそれとはまったく異なる作品になるだろう。これからジュンパ・ラヒリがどんな作品を書くのか、大いに注目していきたい。

二宮大輔(翻訳家・通訳案内士)
2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)、クラウディオ・マグリス『ミクロコスミ』(共和国)、『ぼくがエイリアンだったころ』(ことばのたび社)など。
