2023年6月 歳時記
2023.05.26
6月は、水無月(みなづき)である。漢字で書くと水が無い月となるが、田植えが始まる月で、日本国中の平地が水を湛えるから、無の字は余計だ。事実に反する。本当は、水「多有」月である。
5月には、アメリカから渡来したハナミズキが、元来の日本の花木のように街路を飾ったが、六月になると、ヤマボウシが満開になる。ヤマボウシは、ハナミズキそっくりだが、近くからみると、花びらは先が尖り花弁はもっと大きい。ヤマボウシには赤い実がなり、生でもおいしく食べることが出来ることは余り知られてはいない。
しかし、6月の花はなんといっても、アジサイだ。日本固有の花だ。古くはアヅサと言った。アヅとは集まることで、サは藍色のことだから、紫色の花が集まったことになる。アジサイのラテン語表記の学名にオタクサとついているが、オランダのシーボルトが、安政6年長崎の出島に住んでいた頃に、お滝という女性に恋慕して、その庭に咲いていたアジサイに、学名として拝借つけたことだ。アジサイは、初めは薄白い色から次第に青くなり、やがて藍や紫に変化する。怜悧冷淡な花でないが、女心と秋の風のように「七変化」ではある。「私はアジサイ娘」と言われて気づかない鈍な男もままいる。
6月は、春から夏へ変わる月である。太平洋高気圧と日本列島に沿った気圧の谷間を低気圧が通り過ぎて、雨が降り続く。今年は6月11日12時46分が入梅である。太陽が黄経80度に達する時刻である。細菌の繁殖に最適の季節であり、食中毒が多発する。6月22日は、旧の端午の節句である。第3日曜日は、父の日である。5月の母の日と比べると影が薄いように思うのは、筆者ばかりでは無いと思うが、年寄りになってから、ようやく父親の苦労が想像できるようになった気はする。父親は、生涯一度も東京に来たことが無かった。大学の卒業式の時に出かけて来ようとしたが、途中、大阪の親戚のところに寄り、そこから伊勢神宮を参拝して満足したらしく、花のお江戸に一度も来たことがないまま、南海の島に戻った。
今年は6月21日が、夏至。北半球で昼がもっとも長く夜が短い日である。暑さは、これからいよいよである。猛暑の夏との予報だ。
6月30日は、大祓(おおはらい、おおはらえ)の日である。大祓は、6月と12月の晦日に年2回を恒例とするが、大嘗祭の前後や、未曾有の疫病の流行などの際にも執り行うことがあるから、特にコロナウイルスの猖獗があっただけに、この神道儀式の意味合いは深い。カタルシスという言葉があるが、汚れたものを体外に排出するという意味であり、浄化である。日本人は、禊ぎに慣れており、その淵源は遠く南の国の水かけ祭りまでにつながっている。手足を洗い、口を漱ぎ、体を清流に沈めて、つまりは魂を清浄にするのだ。
6月末には、梅雨がそろそろ明ける。猛暑と旱(ひでり)の夏本番になるから、雑菌が繁殖しやすい夏になる直前に、単なる精神主義ではなく、体を拭いて清浄にして、病気の不安を軽減して心を落ち着かせることは重要である。一年の半分が過ぎる月だ。水無月のなごしの祓いする人はちとせの命のぶというふなり、と拾遺和歌集にある。正岡子規は、6月を綺麗な風の吹くことよ、と詠んでいる。京都には、なんと、水無月という和菓子を食べる習慣があるという。