マリトッツォはラーメンのあじわい
2022.12.05
マリトッツォというスイーツが少し前に話題になったのを覚えておられるだろうか。パンに大量のクリームを挟んだイタリア発祥のスイーツだ。そんなに複雑なレシピでもないので、わざわざ発祥と謳うほどでもないかもしれないが、その見た目のインパクトと応用しがいのあるシンプルさが受けたのか、一年ほど前に日本で突如ヒットした。マリトッツォの人気がひと段落した現在は、ドライフルーツ入りのアイスケーキのカッサータや筒状のビスケットの中にリコッタチーズのクリームを詰めたカンノーロなど、次なるイタリアン・スイーツがマリトッツォの後釜を狙って虎視眈々とコンビニの店頭に並んでいる。
留学帰りの戯言だと思ってもらって構わないが、私はマリトッツォに一家言ある。なにしろ住んでいたアパートの一階にマリトッツォ専門店があったくらいだ。柔らかくて大きいその店のマリトッツォにかぶりついて、前歯の差し歯がとれてしまい、いよいよ歯医者に行くしかないと痛感したこともあった。
ここで本場のマリトッツォが云々と講釈を垂れたいわけではない。ただ一つだけ知ってほしいのは、マリトッツォが日本でいうラーメンと同じ立場だということだ。日本人が呑み歩いた夜の締めにラーメンを食べるように、イタリア人はマリトッツォを食べるのだ。いや、正確には菓子パンを食べるのだ。
どういうことか説明しよう。イタリアには、コンビニのごとく町中にバールというお店がある。簡単に言うと、主にカウンターのみのコーヒー立ち飲み屋だ。朝は多くの人がそこでエスプレッソと、クロワッサンの中にクリームやジャムを注入したコルネットという菓子パンで簡易な朝食をすます。つまり朝に大量消費されることを見越して、夜中から各工房で菓子パンが焼かれ始めるのだ。想像してほしい。バーで飲み明かした帰り道、またはクラブで夜通し踊った帰り道、小腹の減った若者たちが、菓子パン工房の戸を叩く。お目当ては焼きたてのコルネットだ。こうしてお腹を満たし、エスプレッソをキメて家路につくのだ。
マリトッツォはそんな締めの菓子パンの変わり種と言ったところ。焼きたてのパンに焼きそばパンの要領で真ん中に切れ目を入れ、そこにべったりと生クリームを塗りたくる。こてこてのマリトッツォを喰らう感覚は、飲み会終わりに濃厚豚骨ラーメンをすするそれに酷似している。
ついでにもう一つ変わり種を紹介すると、ローマのテルミニ駅から徒歩10分の距離にあるソルケッタ屋さんだ。パイ生地風の平べったいパンの上に生クリームをのせ、チョコレートソースをかけた菓子パンなのだが、見た目もボリュームもマリトッツォに引けを取らない。ちなみにソルケッタというのは、ドブネズミの女性形sorcaに縮小辞-ettaを付けた形で、俗語で女性器を意味する。ご丁寧にチョコレートがけのソルケッタには「黒髪」、ホワイトチョコのソルケッタには「金髪」という名前までついている。悪趣味なネーミングセンスがまた、イタリアのB級グルメ感を演出しているわけだが、これがまたおいしい。名前を変える必要があるかもしれないが、ソルケッタが日本のコンビニに並ぶ日も来るかもしれない。