株式会社レックス

英語化した日本語、どう表記する?

2021.04.07

日本語を語源としながら、英語として通用する言葉がある。judo(柔道)やkimono(着物)、sushi(寿司)、tofu(豆腐)、zen(禅)などがそれにあたる。これらはいずれも、日本の文化に深く根づいたモノ・コトを意味することから、日本語の音のアルファベット表記をもって訳語とされている。

このような「英語化した日本語」のうち、外来語として認知度が低い言葉は、通常イタリック(斜体)で表記される。東京オリンピックの招致の際に「おもてなし」という日本語が、そのまま海外に発信されたが、この言葉の世界における認知度を考えると、omotenashiではなくomotenashi と表記するのが当面は妥当だろう。

一方、訳そうと思えば訳せる普通名詞でありながら、あえて日本語の音をアルファベットで表記しその訳語とする言葉が存在する。「改善」「現場」「モノづくり」といった言葉がその代表例だ。

「改善」を例にみてみよう。「改善」は、広辞苑では「悪いところを改めてよくすること」と説明される普通名詞にすぎない(注1)。しかし製造業という文脈におかれると、その語はより限定された意味をもつ。

コトバンクの定義(注2)を借りれば、「改善」は「おもに製造業の生産現場で行われている作業の見直し活動」であり、より具体的には「作業効率の向上や安全性の確保などに関して、経営陣から指示されるのではなく、現場の作業者が中心となって知恵を出し合い、ボトムアップで問題解決をはかる活動」を指すのである。

こうしたコンセプトを背後にもつ「改善」は、日本語の文章においても、多くの場合漢字で表記されない。カタカナ表記の「カイゼン(注3)」、アルファベット表記の「KAIZEN(注4)」の方がより一般的な表記として定着しているようだ。

 

 

日本の企業文化に根づいたオリジナリティあふれる語として使われるかぎり、英語圏の「カイゼン」もまた、「柔道」や「着物」と同様、日本語の音のアルファベット書きで表記される。しかしそのなかで気になるのは、「柔道 judo」や「着物 kimono」と異なり、表記のスタイルにかなりのばらつきが見られる点である。

「カイゼン」というコンセプトを世界に知らしめたとされるトヨタ関連のサイトを中心に調べただけでも
●イタリックになっていたり、いなかったり
●固有名詞扱い(頭文字が大文字)だったり、普通名詞扱い(頭文字が小文字)だったり
●ダブルクォーテーションで括られていたり、いなかったり
●オールキャップス(すべて大文字)だったり、ボールド(太線)だったり
●補足的な英語の説明がついていたり、いなかったり、さまざまである。

※下記の例はその一部。「カイゼン」の訳にあたる部分は強調するため赤字に変更。

トヨタ自動車株式会社(注5)
First, human engineers meticulously build each new line component by hand to exacting standards, then, through incremental kaizen (continuous improvement), steadily simplify its operations.

豊田エンジニアリング株式会社(注6)
The managers of Toyota Engineering Corporation have over 35 years’ experience in Toyota Motor Corporation and affiliated companies, and they are the talented people who experienced work Kaizen at Genba and the managing post.

TOYOTA UK MAGAZINE(注7)
Kaizen is one of the core principles of The Toyota Production System, a quest for continuous improvement and a single word that sums up Toyota’s ‘Always a Better Way’ slogan.

Kaizen (English: Continuous improvement): A philosophy that helps to ensure maximum quality, the elimination of waste, and improvements in efficiency, both in terms of equipment and work procedures. Kaizen improvements in standardised work help maximise productivity at every worksite. Standardised work involves following procedures consistently and therefore employees can identify the problems promptly.

Within the Toyota Production System, Kaizen humanises the workplace, empowering individual members to identify areas for improvement and suggest practical solutions. The focused activity surrounding this solution is often referred to as a kaizen blitz, while it is the responsibility of each member to adopt the improved standardised procedure and eliminate waste from within the local environment.

 

 

定訳があれば、それにならうのが翻訳の基本的なルールだが、決定的な定訳がない場合、どう表記したらよいのだろうか。諸説あることは承知の上で、弊社のハウスルールに従って考えてみると、、、、

●イタリックか否か
Merriam-Websterの辞書(注8)に記載がなければ、認知不十分とみなし、イタリックで表記する。
→「カイゼン」は記載がないのでイタリック
●固有名詞か普通名詞か
トヨタの生産方式として高く評価された経緯があるためか、固有名詞として扱われるケースが見られるが、もとよりこの語は商品名などではなく、また製造業にかぎらない分野で使用されているため、普通名詞と考えるのが妥当。
→頭文字は小文字
●ダブルクォーテーションで括るか否か
原則としてダブルクォーテーションは単なる「強調」のためには用いられない(注9)
→特別な理由がないかぎり、ダブルクォーテーションは使用しない
●オールキャップス(全て大文字)、ボールド(太字)にするか否か
単なる「強調」のための濫用は一般的に避けられる。
→特別な理由がないかぎり、オールキャップス、もしくはボールドにしない
●補足的な英語の説明をつけるか否か
ケースバイケース。語の認知度が低いと考えられる場合は、初出時に括弧書きにして内容を説明したり、補足的な訳語を加えたりする。
→場合によってはkaizen (continuous improvement), kaizen improvement のように表記する

弊社の方針からすると、基本的に「カイゼン」はシンプルに kaizen と表記される。

このたび英語化した日本語について改めて調べたところ、ビジネス分野では「製造業」の用語がとりわけ多い印象を受けた。上述したTOYOTA UK MAGAZINEでは「カイゼン」のほか、英語として使用される日本語が合計11個も列挙され、詳述の対象となっている。長きにわたり日本の基幹産業を担ってきた製造業の面目躍如といったところであろうか。

 

(注1) 研究社の新和英中辞典の「改善」は (an) improvement; a change for the better と定義されている。
(注2) https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%BC%E3%83%B3-802129
(注3) カタカナ書きを、カギ括弧でくくるケースも見られる。
https://toyokeizai.net/articles/-/202227
(注4) https://www.toyota.co.jp/jpn/sustainability/social_contribution/vision/smiles/toyota-kaizen-movement/
https://www.toyota-finance.co.jp/about/hr_policies/kaizen.html
(注5) https://global.toyota/en/company/vision-and-philosophy/production-system/
(注6) http://toyota-engineering.co.jp/english/
(注7) https://mag.toyota.co.uk/kaizen-toyota-production-system/
(注8) https://www.merriam-webster.com/
(注9) https://www.chicagomanualofstyle.org/home.html